カジューのインド徒然草

インド(ニューデリー在住)。旅行記を中心にインド生活を綴る。ヒンディー語も勉強中。20代中盤のインド大好き若手駐在員の徒然なる日常を書き記します。

第17回インド旅行記 アーメダバード(Ahmedabad)

今回の旅行では、グジャラート州の都市であるアーメダバードに行ってきました。3日行ったのだが、殆ど仕事&作業に費やしてしまいしっかり観光したのはたったの1日だけ。それでも、アーメダバードの良さをかなり感じることが出来た。2月末と行った時期がよかったのだろう、気候は最高だった。デリーと比較して空気もいいし、灼熱の夏が始まる直前の暖かな気候が、日本の初夏を思い出させるようだった。また、街はデリーと比べてもかなり綺麗で、また人もかなり良かった。アーメダバードは観光地というよりはビジネス都市に近いので、地元の人もスレて無いし、親切な人が多かった。それだけでこの街を好きになってしまう。インドだと旅行すると心がすり減ってしまうことも多いのだが、ここアーメダバードはほとんど楽しい思い出だけで終わることが出来た。

街並みが綺麗。空気も(デリー対比)綺麗。結局3日の内2日はこのスタバに籠って作業していた。



到着

デリーから空路1時間半ほどで到着。空港はかなり大きい。先ず到着してびっくりしたのが、文字だ。アーメダバード出身の人と話したことがあったのだが、彼はヒンディー語を流暢にしゃべっていた。アーメダバードはグジャラート州の都市であり、第一言語がグジャラーティーであることは知っていた。しかしアーメダバードはインドでも有数の発展した都市であり、街にはヒンディーが溢れているのかなと勝手に思っていた。しかし、もう空港の中の時点で、表示されている文字が見慣れないグジャラーティー文字ばかりなのに驚いた。

空港内のスタバ。右上の文字がいつも見慣れたヒンディーではないことにちょっとびっくり。

アーメダバードは、デリーと少し似ていて、"新市街"と"旧市街"がある。外国人観光客が安心して泊まれるホテルや、出張で訪れるようなオフィスが並ぶのは新市街。空港から10km程度離れており、川を渡った西側が新市街だ。新市街にはスタバもあり、モールもあり。いわゆる発展しているインドを感じられるのは新市街だ。

一方で、歴史的建造物が立ち並び、観光として街歩きが楽しいのは旧市街。川をひとつ隔てるだけでこれほど街並みが変わるか、というほど新市街とは空気が変わる。ちなみに旧市街は街並みそのものが世界遺産に登録されているという珍しい街で、歩いているだけで色々な発見が有って面白い。実際、今回観光で訪れたものはほとんど旧市街側にある。一つ一つの史跡は3~5km程度離れているので、全て歩いて訪れるのは結構難しい、というより疲れてしまう。しかしアーメダバードUberやOlaも使えるので交通に関しては無問題。

Jama Masjid

旧市街にある観光地として一番有名なのが恐らくこのJama Masjid(ジャーマーマスジッド)。オールドデリーにも同名のモスクがあるので名前自体を聞いたことはあるかもしれない。ムガル帝国時代に建設された巨大なモスクで、旧市街はこのモスクを中心として広がっているイメージ。ジャーマーマスジッドまでリキシャで向かっていると、旧市街の街並みのにぎやかさに驚かされる。街並みはオールドデリーに近い。いや、オールドデリーよりも長く道が続いており、賑わっているかもしれない。日本だったら一方通行になるであろう狭さの道を、人やリキシャや自転車や牛や車がひっきりなしに往来する。

 

ジャーマーマスジッドに到着。


Olaを通して運賃の支払いは完了しているのだが、運転手は「おい、お金。」と言ってくる。私の拙いヒンディー語で説明すると、どうやらOlaのシステムが良く分かっていないみたいだ。何故それでOlaに登録している?とは思うが。結局、まだブツブツ言っていたが「支払いは完了しているらね!」とだけ言い残してリキシャを降りた。

 

靴を脱いで中に入ると、観光客は一人もいない。というか中にはほとんど人がおらず。お祈りに来ているムスリムの人が3,4人いるだけだ。それ程観光地化していないのだろう、入場チケットも無く、門番のような人もおらず、するっと入れた。広大な敷地と、壮大なモスク。イスラーム建築の美しさを存分に楽しめる場所だ。

広大な敷地に観光客はほとんどいない。

イスラームのモスクは、靴も靴下も脱いで入らなければいけないので、真夏の観光には適していない。2月末でまだ過ごしやすい気候だったにもかかわらず、床はアチアチになっており、何分かに一回日陰に入らないと足の裏が焼けてしまいそうだった。

正面から。



すると、1人がこちらに近づいてきて「どこからきたんだ?トイレを探しているか?」などと話しかけてきてくれた。ありがとう、と返して軽く身の上話をした。そして彼は「なにか助けが必要なら教えてくれ。」と言って去っていった。なんていいやつなんだ。これ迄インドで出会ってきた人の中で、ムスリムの人っていい人が多い。特にそれ程観光地化されていない所にお邪魔した際には、色々な事を教えてくれたり、おもてなししてくれたりする。モスクの中は聖なる場所なので入れず、写真もNGとのこと。お祈りの時間になると、ここに人が集まるのだろう。

 

外にから出ると、子供が声をかけてくれた。子供もスレていない感じで、本当に興味を持って私がどこから来たのかを聞いてくれる。アーメダバードの子供はとてもかわいい。旧市街から新市街まで橋を渡って歩こうとしていると、自転車に乗った6歳くらいの男の子が話しかけてくれた。しょっぱなから「Kahan jana hai?」とfull Hindiで私に話しかけてくるのがちょっと面白い。インドの観光地にありがちな、外国人をからかったり馬鹿にしたりするような子供には今回は会わなかった。

 

その後、旧市街のマーケットを歩いてみた。マーケットは数kmに渡って続いており、人でごった返している。

アーメダバードは旧市街が街として世界遺産に登録されており、ただ歩くだけでも面白い。
Dada Hari階段井戸

インドでは、各観光地に階段井戸と呼ばれる伝統的な井戸がある。有名なのはジャイプルジョードプルの階段井戸だが、実はデリーにもある。そして、そんなどこにでもある階段井戸だが、見るのは今回が初めてだ。とぼとぼと歩いて到着。観光客はあまりおらず、地元も若い子たちがたむろするような場所になっていた。説明書きを熱心に読んでいる人がいるので話しかけてみると、ムンバイからの観光客らしい。観光客もインド国内からの人しかおらず、ちょっと滞在していたのだが外国人は私一人だった。

 

初めて見た階段井戸は、結構良かった。人が少ないのもあり、複雑な造りの階段井戸とその精緻な装飾を、静かな空間で楽しむことが出来た。

階段井戸。下には雨水が溜まっている。鳥の鳴き声が聞こえたので一番奥まで行くのはやめておいた。

シンプルに建造物として美しい。

シンプルに建造物として美しい。

壁の装飾も凝っている。


観光を終えて帰ろうとすると、外国人が珍しいのか、5人組のインド人男集団がこっちをみてこそこそと話している。インドではよくあることだが、むかつくので突撃してヒンディー語で話しかけてみる。最近は、「Chinese!」と言われたり、こそこそとこっちを見て話している人がいたりすると、積極的にそっちに向かって話しかけに行くようにしている。持ち帰ってもやもやするのが一番精神に悪いので。すると、向こうはまさか私がヒンディー語を話すと思っていないので面喰う。そして往々にして、向こうはこっちの話をしているのに、こっちから話しかけると意外と話さないんかい、ということが多い。ただ、今回の集団の中で、1人は特に興味を持って話しかけてくれたのでインスタを交換した。

ここでの学びとして、時系列としてはこの階段井戸を一番最初に訪れたので、この地域にムスリムの方が多いということは知らなかった。そしてこの集団に「ナマステ」と話しかけた所「アッサラームアライクム」と返事が返ってきた。そこで、あ、この人たちはムスリムなんだと気付いた。ナマステはインド共通の挨拶ではなく、特に北インドヒンドゥー教をメインとする地域での挨拶である。恐らく彼らが、私のような外国人からナマステと言われることで怒ったりはしないかもしれないが、挨拶一つとっても色々考えるべきポイントが多いなと思った。特に新しい地域に行ったときは、事前の予備知識を入れることも大事だし、「Hello」と挨拶するのが無難だろうな、というのが現時点での私の考え。

 

階段井戸の裏にはモスクもあった。靴を脱いで上に上がる。見張りの人がいるのだが、日本から来たよ、というと喜んでくれた。小さいながらも精緻な建築技術は目を見張るものがある。モスクには注意書きとして、「男女は手を繋いで立ってはいけない」という看板が立っていた。それを見て、「おんぶならいいのか?」とか「手つないで走るのはいいのか?」とか考えてしまう私は宗教へのリスペクトが多分足りない。でも実際、知らないうちに他の宗教の人に対してoffensiveな言動をしてしまうことはあるかもしれない。特にインドのような多宗教の国では、こういうことのアンテナの感度を上げておくことが重要だなと思った。

階段井戸の裏にはモスクが。Boys and girls should not stand together holding hands、と注意書きがされている。



Hatheesingh(ハーティースン)寺院

1848年に建設されたジャイナ教寺院。ここも特に入場料はかからず。というか今回のアーメダバード観光では、一度も入場料のようなものを払わずに観光できた。観光地化され過ぎていない事のメリットを思い切り享受させて頂いた。

中に入ると、中心に大きな本堂が有り、その周りを小さな神像が祀られている壁が取り囲んでいるような作りになっている。本堂は撮影禁止だったので残念ながら写真は無し。本堂では僧侶のような人が歌を歌っており、その周りに現地の人が座ってお祈りをしていた。印象的だったのは、座る位置が男女でしっかり左右分かれていたこと。結構雰囲気が盛り上がっており、よそ者の私が入れそうな雰囲気ではなかったのでビビッてしまい断念。本堂に施されている装飾がとても綺麗だった。外には塔もあり、これもなかなか綺麗。ただ、これ迄の色々な観光地で見てきた巨大なヒンドゥー教寺院とかと比べるとスケールは小さめだったという印象。

外にある塔。

装飾が美しい。

 

ガンディー・アシュラム(Sabarmati Ashram)

ここはインド独立の父ガンディーが独立活動の拠点とした場所であり、有名な塩の行進のスタート地点でもある場所。そもそもアシュラムとはインドにある僧院で、人々がここで集団で暮らし、朝早くからお祈りをし、ともに食事をとり、ヨガをやり、文化的・宗教的な生活を送る場所である。ガンディーは1915年ごろから15年に渡ってこのアーメダバードにあるアシュラムで生活をしていた。ここから、インド全土に向けてインド独立に向けた教えを説き、世界中のリーダーがこの地に集まってガンディーと対話した。そんな歴史的な場所である。

ここでガンディーが暮らしていたという。



当初はささっと見て帰る予定だったのだが、結果的にここに3時間くらいいた。ガンディーの功績や歴史がとても詳細に書かれている。英語、ヒンディー語、グジャラーティーの3言語で書かれているので、ヒンディー語の勉強の為に英語とヒンディー語両方で読んでいたのでかなり時間がかかった。少しでもインドの歴史に興味がある人は、一つ一つの展示がとても面白く、説明も詳細に記載されているので、長いこと楽しめると思う。

 

博物館の展示を見ていると、声をかけてくるインド人がいる。これはインドで外国人として生活していると良くあることだ。いつもの通り、私がヒンディー語で返すと驚いてくれる。そしていつもの通り軽いトークをしてバイバイするかと思いきや、こいつが優しいというかしつこいというか。このあと3時間近く、一つ一つの展示の説明を丁寧にしてくれた。彼曰く、「英語で話す練習をしたいから、私を練習台にして英語で説明したいんだ。」ということだった。旅行先では一人でゆっくりじっくり見て楽しみたい派の私にとっては、正直いつまでついてくんねん、という感じだったが、詳しい地元の人が折角細かいところまで話してくれるのでどうせなら聞いてみようと思った。また、最近の旅行の目標が、"色々な人と積極的に関わる"なので、こいつが帰るまで話し続けようと思った。結局、3時間近く一緒に展示を見た。

博物館で色々な歴史を見ると、やっぱりガンディーって凄いなという感想になる。

 

博物館を出ると、ガンディーと妻が実際に暮らしていた家が残っている。中に入ると、本当に質素な造りだ。

 

裏には川が流れており、ゆっくりとした時間が流れている。川、暖かい気候、少しのビルとやや田舎っぽい街並み。なんか日本の夏を思い出してエモくなった。

ガンディーアシュラムの裏の景色。川沿いもかなり整備されていて、この写真だけだとインドか日本か分からないくらい。


ガンディーに関するの本の売っている売店があったので、調子に乗って2冊購入。

ガンディー関連の本がたくさん売っている。
食事

偶々Xを見ていると、同日にアーメダバードに来ている方がいた。その方が投稿されているお店が泊まっているホテルから近かったので行ってみることにした。お店の名前はSawati Snacks。

Sawati Snacks店内。めっちゃ清潔。

商品名も分からないので、その方の投稿されている写真をみせて「これをくれ」と注文。ついでに、パニプリも注文。

中にはライスパンケーキが入っている。普通に美味い。

見た目はパニプリにヨーグルトがかかっているみたいなやつ。ラージカチョリに近い。絶品、めちゃうま。

いつものパニプリ。やっぱ美味い。ていうかこの店、全部美味いんですけど。

私が泊まっていたホテルから数百メートル移動すると、色々な飲食店が立ち並んでいる大通りがある。現地で知り合いになった人におすすめされたのが"Sasuji Dining Hall"というお店。グジャラーティー料理を食べられるらしい。じゃあお昼ご飯はそこで食べようと思い、店に行ったら並んでいたので、取止め。近くで評価の高かったTomatoというレストランに行った。ここはロックンロールがコンセプトのレストラン。ここではビリヤニを注文した。美味しかったが辛い。。。

Tomato店内

チキンビリヤニ。めっちゃ辛いので、付け合わせのヨーグルトを使い切ってしまった。

メニューに色んなロックスターが並んでいる。"Elvis the Pelvis"は、私がPelvisという単語を覚えるきっかけとなった言葉。

夜、折角なのでSasuji Dining Hallにリベンジ。階段を上がって入ると、ローカルな雰囲気のお店だ。

中は結構ローカル。


着席すると、メニューが届く前に目の前にお皿が置かれる。そして続々とカレーやらなんやらが運ばれてくる。ここはメニューとかは無く、このターリー一本で勝負しているらしい。パニールサブジー(野菜)など色々な種類のカレー。プーリー、チャパティなどのパン。ヨーグルトや練乳、ジャレービーのようなお菓子。おかゆのような謎の緑色のやつ。なんだかわからずに食べてみると、味はめちゃくちゃおいしい。そして、1分に1回くらいのペースで店員さんが我々のプレートを確認に来て、減っているとどんどん追加してくれる。「プーリーはいるか?チャパティは?パニールカレーは?他にいるものは無いか?」とお腹いっぱいになるまで食べさせてくれる。食った食ったとお腹を膨らませて会計すると、なんと一人380ルピー。めっちゃ安い。

ここに乗っているのが全て食べ放題。バターミルクも飲み放題。

店から出るときに、インド人マダムからどこから来たの?と声を掛けられる。こでもヒンディー語で返答すると、顔がぱっと明るくなりとても喜んでくれる。そういう表情を見るとこちらも嬉しくなる。彼女はいまイギリスに住んでいるが家族と一緒にここアーメダバードを訪れているとのこと。またヒンディー語を学んでいてよかったなとおもったし、今後の学習のモチベーションにもなった。

 

備忘録
  • アーメダバードはイスラムの人が多いということに気づいた(多分常識)。私の推測なのだが、街の中に"旧市街"と"新市街"がある街は、大体がムガル帝国時代に旧市街が建設されていることが多いのではないかと思う。そしてそのままムスリムの人が住み着いていることが多いのではないか。
  • そして、ムスリムの人が多いということは、ウルドゥー語も多いということ。アーメダバードに降り立って、ヒンディー語ではなくグジャラーティーが町中にあふれていることに驚いたのだが、旧市街に行くと今度はウルドゥー語の多さに驚く。インドならではの多様性を感じられた。そして同じインドとはいえ、地域や宗教によって挨拶から何から違うのが、正直私にとっては難しいし、学んでいかなければいけない点。
  • デリーから少し離れるだけで、人も違えば言葉も違うという多様性を感じたのは上記の通り。しかし、そんな場所でもヒンディー語が通じるという喜びも感じられたし、ヒンディー語を勉強するモチベになった。また、最近ではデリーのヒンディー語はまだ聞き取るのが難しいが旅行先では結構会話を続けられるようになっており、旅行先で人と喋るというのはヒンディー語上達のある種近道なのではないか、とも思っている次第。

 

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